〔映画紹介〕 〔観光案内〕
 北尾家の姉妹は近所でも評判の大の仲良しだが、何から何まで正反対だった。美人で性格がよく整頓好きで成績優秀な姉の千津子と、ドジでグズでズボラでマヌケな妹の実加。
 
 ある日、実加はピアノの教室へ向かうと途中の山道で痴漢に襲われる。が、突然現れた千津子の指示で痴漢を撃退する・・・・・けれど、この時千津子はすでに一年前の事故で、この世を去っていたのだ。
 周囲では、実加の親友・真子の父親が突然世を去り、同級生の万理子は親子心中を図るなど数々の事件が起きる。実加は姉と同じ高校へ入学し、姉が想いを寄せていた大学生・智也と付き合いはじめる。が、舞台の主役に選ばれた実加をねたんだ演劇部員の悪戯がきかっけで実加の母親がノイローゼで入院。退院したところに、父親の愛人が家へやってきて北尾家はパニックになる。

 なんとか家族の危機を乗り越えたとき、実加は大きく成長していた。もう、千津子なしでも生きていける。智也からのプロポーズを断り、部屋を綺麗に整頓した実加は、小説を書きはじめる。題名には「ふたり」とあった。

 新尾道三部作の第1作は赤川次郎と大林宣彦が初めてコンビを組んだ作品。石田ひかりがアイドルから女優へと脱皮した記念作でもある。
 それ以来、実加が心配な千津子は何度も幽霊となって現れ、ピアノの発表会やマラソン大会などでのピンチを救ってくれる。
 瀬戸内海の島々を結ぶ航路の連絡船である呼子丸が嵐のために遭難、沈没してから3ヶ月。犠牲者は未だ発見されず、最愛の家族や恋人を失った者たちは悲嘆にくれる日々を過ごしていた。   メッセージを受け取った者たちは、呼子浜へと急いだ。車や自転車やバイクや船で橋を渡り、坂道を登った。ヤクザの跡目を巡る抗争までもが、浜に舞台を移していた。実は鉄砲玉になって親分を殺そうとする少年・貢は法子の幼なじみとわかる。真夜中、呼子丸が海から浮上し桟橋に到着。残された人達にもう一度さよならを言うために戻ってきた。再会を喜ぶ人々から離れ、法子は貢を促し、生きる喜びを教えようとするが・・・。

 新尾道三部作の第2作は赤川次郎の小説「午前0時の忘れもの」の舞台設定をバス停留所から連絡船待合所に移して映画化されたもの。
 ある日、不思議なメッセージが彼らの元に届く。それは「今夜0時に呼子浜で待っている」という死んだはずの人からの伝言だった。
 東京郊外の新興住宅地に住む小学5年生の由太は、いつも考えごとをしてボーッとしているので「ボケタ」と呼ばれていた。
 夏休み、由太は尾道のおじいちゃんがボケたらしいので、見張り役として1人で尾道へ行くことになった。
 ちょっと苦手ながんこおじいちゃんと夏休みを過ごすことになった由太。おじいちゃんに連れられて尾道の街を歩き、突堤から島を眺める。
 おじいちゃんの言う通り手をつなぎ、目をつむるとおじいちゃんは「マキマキマキマキマキマショウ」と呪文を唱え始めたのだ。由太が目を開けると、ふたりは不思議なところにたっていた。由太はそこでホラタコの多吉という少年や、長恵寺に住む薄幸の美少女お玉ちゃんと少年時代のおじいちゃん、また池から飛び出してきてしゃべる魚など、数々の不思議な体験をするのである。海で出会った美少女ミカリがみせてくれた、玉虫や小指のない弥勒様の謎。忘れ去られていたことが、ひとつに繋がっていく。

 何度も呪文を唱えては飛び、おじいちゃんの過去に出会うふたり。現代と過去とを行ったり来たりする中で、ふたりの心はいつしか打ち解けていくのだった。

 新尾道三部作の最終作の原作は山中恒の「とんでろ じいちゃん」。『はるか、ノスタルジィ』以来の山中・大林コンビ作品である。

 医師の長男として、尾道に生まれた大林宣彦は、2歳でブリキの映写機のおもちゃに親しみ、6歳でフィルムに絵を刻んでアニメーションを作った。15歳の時に小津安二郎が『東京物語』を撮影する現場を見学。大学進学のために東京に移り住んだ後、生まれ故郷の風景をスケッチ的にとらえた8ミリ映画を撮り、『尾道』と題した。
 1960年代後半、数多くのコマーシャル・フィルムを監督し、個人映画作家としても特集上映会が催されるようになった大林宣彦は、再び古里・尾道にロケし16ミリ映画『CONFESSION=遥かなるあこがれギロチン恋の旅』を製作する。
 しばらく時が経ち、劇場用商業映画の監督になっていた彼は、1981年に『転校生』という小予算の映画を尾道で撮影し、翌年数々の賞を受ける。作品はいつの間にか、つづいて監督した『時をかける少女』『さびしんぼう』と合わせて尾道三部作と称されるようになり、舞台となった尾道を訪れ、映画の思い出と共に町を旅する映画ファンの姿が目立つようになっていった。
 1990年夏、久しぶりに尾道を舞台にした映画を撮影するにあたり、大林宣彦は自ら「新・尾道三部作第1作」と台本に書き記した。作品は『ふたり』。はじめて四季を通じて尾道の町を舞台にした映画だった。これまでにないほど多くの場所で撮影され、多くの風景が観客の心に残った。その5年後に撮影されたのが『あした』。今度は尾道の町と共に多くの「海の見える風景」が映像に残された。さらに4年を経て制作された『あの、夏の日-とんでろ じいちゃん』では、遂に登場人物が尾道弁を口にし、ファンを喜ばせた。
 大林宣彦にとっては尾道は、専用のオープンセットでありスタジオである。作品毎に、観客の心を揺さぶり、撮影場所へファンを誘う大林映画の魅力は、多分にその舞台となる尾道の魅力に負っている。とはいえ、映画の町は実際の尾道とはずいぶん違う。一つの家の入口と出口が違う場所で撮影されていたりするのだから・・・。つまり、大林宣彦がその映画魔術の腕を存分にふるえる場所、それが尾道という町なのである。